日記

2020-09-04 10:00:00

#76 session 009 SO4:Cl=4:1 / #77 session 010 SO4:Cl=1:4「水質だけを変えた2種のペールエール」

 

【9/4(金) 新作リリース!!】

 

2種同時リリースです。

極力同じ醸造条件で、水質だけを変えた二種のペールエールです。

 

Batch #76 – session 009

「SO4 : Cl = 4 : 1」

-----Style : American Pale Ale

-----ABV : 5.6 %

([Ca]=109, [Mg]=2, [Na]=15, [Cl]=49, [SO4]=199, 単位は全てppm)

 

Batch #77 – session 010

「SO4 : Cl = 1 : 4」

-----Style : American Pale Ale

-----ABV : 5.6 %

([Ca]=133, [Mg]=2, [Na]=15, [Cl]=202, [SO4]=51, 単位は全てppm)

 

 

〇概要

 醸造水の水質(各種イオンの溶解バランス)は、麦汁仕込みや発酵の経過、完成ビールの外観・味わいに影響を及ぼします。昔から、水質の違いがその土地に固有のビアスタイルを生み出した有名な例が存在します。ピルゼンのアルカリ度の低い軟水は、黄金に輝く麦汁仕込みを可能にし、ピルスナーが誕生しました。バートンの硫酸イオン濃度の高い硬水は、ビールの味わいをドライにし、当時としてはホップの特徴の際立ったイングリッシュペールエールが誕生しました。現在、クラフトビアシーンで注目されているのは、硫酸イオンSO42-と塩化物イオンCl-の濃度比です。これがホップとモルトのテイストバランスに影響を与えることが分かってきました。

 CBB Brewing Labの「session」は、現代的なペールエールについて考察する醸造シリーズです。よりホップの効いたIPAが当然のように飲まれている今、ペールエールで重要視すべきなのは、ホップとモルトの絶妙なフレーバーバランスです。このフレーバーバランスについて、水質に関する現代の知見を持って切り口を入れることは、sessionシリーズに相応しい試みといえます。

 本比較醸造では、一方のsession 009には硫酸イオン濃度比の高い醸造水を用いて、West Coast的なドライでホッピーな仕上がりを狙いました。もう一方のsession 010には塩化物イオン濃度比の高い醸造水を用いて、New England的なソフトでモルティな仕上がりを狙いました。微妙な違いかもしれませんが、市販のミネラルウォーターを飲み比べるようなつもりで楽しんでいただければ幸いです。

 飲み比べがおすすめですが、場合によってはどちらか一方しかご提供していないことがあると思います。そんな場合でも、ホップファンがどちらかを単体で飲んでも十分に楽しめるように、ホットサイドでAmarilloとHallertau Blanc、コールドサイドでCitraとEl Doradoという贅沢なホップたちを使用しました。気軽に美味しく飲んでいただけるのも、もちろん嬉しいです。

 

〇テイストに関して

 実際に自分で飲み比べたところ、テイストに関して、劇的な違いはないが、注意深く味わえば細部に違いがあるという所感でした。どちらも総じてドライでビターな仕上がりですが、より苦味の輪郭がはっきりしているように感じたのは、やはり009 (SO4 : Cl = 4 : 1)の方でした。010 (SO4 : Cl = 1 : 4)はモルト味(甘味やマウスフィール)が際立っているとは感じませんでしたが、わずかに苦味の角がとれているように感じました。

 ビール醸造水の解説書『Water A Comprehensive Guide for Brewer』の著者John Palmer氏によれば、「SO4 / Cl比は魔法ではない。硫酸イオンがモルティなビールを苦くすることはないし、塩化物イオンが苦いビールを甘くすることもない。もともとあったものを強調するだけだ。」とあります。やはり第一にありきなのは、ホップとモルトの使用バランスということでしょう。それでも水質にこだわることは、より細部の洗練された味わいを求める飲み手や造り手自身のために、惜しんではならない努力かと思います。

 では、SO4/Cl比が甘味や苦味に影響を与えるロジックやメカニズムはどういうものでしょうか。「スイカに塩」がキーワードかとは思いますが、まだまだ勉強不足でまとまった考えがありません。いずれ改めて書きたいと思います。

 

〇アロマに関して

 以上は水質(ここではSO4/Cl比のこと)が「テイスト」に及ぼす影響についてです。では、水質が「アロマ」に及ぼす影響はあるのでしょうか。これに関して、かなり主観的で不確かなことを書かせていただきます。それは、硫酸イオン濃度の高い醸造水で造ったビールの方が、ホップの苦味だけではなく、ホップのフルーティな香りも際立っている気がするということです。これは僕の思い込みである可能性が高いですし、直接的な参照となるような記述を見つけたわけではありません。しかし、今回のsession 009と010だけではなく、今まで自社他社のビールを飲んだ経験からして、硫酸イオン濃度の高い水質で造った(と思われる)ビールの方が、よりリアルなフルーツ感を覚えることが少なからずあるのです。

 これは、必ずしも根拠のない考えというわけではありません。なぜなら、ある種の硫黄系におい成分はフルーティな香気を高める効果があるといわれるからです。例えば、「ホップ由来の揮発性チオール類(3S4MP, 4MSP)にはモノテルペンアルコール類などの香気を強める効果がある」

(蛸井潔https://katosei.jsbba.or.jp/view_html.php?aid=1015)

ことや、「パイナップルの完熟感にチオール類が寄与し、その名もパイナップルメルカプタンという」(長谷川香料株式会社『香料の科学』)ことなどが参考として挙げられます。チオール類(=メルカプタン類)そのものは腐った玉ねぎのにおいなどと表現されるにも関わらず、このような効果があるのは不思議で興味深いです。

 門外漢による飛躍した考えですが、もしかすると硫酸イオンの溶けた醸造水にホップのチオール類を効率的に熱抽出する効果があるかもしれません。あるいは、酵母による硫酸イオンの取り込み代謝により、別の硫黄系におい成分が生成され、それがフルーツ香を高めることは考えられないでしょうか。妥当性についてはわかりませんが、可能性を想像するのは非常に楽しいことです。